長崎地方裁判所 昭和28年(行)3号 判決
原告 神崎城次
被告 長崎県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告が昭和二十八年二月五日附農地売渡処分取消通知書によつてなした別紙目録記載土地に対する売渡処分の取消処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、被告は原告に対し、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第十六条の規定に基いて、昭和二十三年七月二日別紙目録記載土地を売渡す旨の処分をしたのであるが、その後昭和二十八年二月五日附農地売渡処分取消通知書によつて右売渡処分を取消し、右通知書は同年三月四日原告に到達した。しかしながら、右取消処分には次の点に於て違法がある。即ち
(一)(イ) 被告は本件土地につき原告が自創法施行規則第八条所定の買受申込書をその所在地の堂崎村農業委員会(当時農地委員会以下同じ)に提出して買受の申込をしていないから、従つて原告に対する売渡処分には法定の手続を欠如した瑕疵があるというのであるが、当時堂崎村農業委員会では買受の申込について手続上の繁雑を避けるため、賃借権を申告する際に買受希望の有無を確めるという簡略な方法を採り、原告もその方法に従つて本件土地の買受申込をしたのであつて、凡そ右施行規則第八条が買受の申込を同条所定の申込書によらしめている所以は、申込の明確化という行政上の便宜をはかるために過ぎないのであるから、たとえ同条所定の方式に違背したものであるとしても、その申込が無効であるとはいえず、原告の前示の如き方法による申込も亦自創法第十七条に定める買受の申込であることを妨げるものではない。それで原告に対する売渡処分には被告主張の如き瑕疵がなく、従つて被告が右売渡処分を取消したのは明らかに違法である。
(ロ) 次に被告は、本件土地はその買収処分当時既に宅地であつたから、これを小作農地と誤認してなされた買収処分は無効であり、従つてこの無効の買収処分に基いてなされた本件売渡処分も無効である。また本件土地を小作農地と誤認したため、その賃借権者と申告している原告を小作農と誤認してなされた本件売渡処分は錯誤に基く無効な処分である。それでその無効を宣言する意味でここに該処分を取消したというのである。しかし本件土地につき自創法第三条及び第十六条による買収及び売渡の処分がなされたのは、たゞ所有権移転手続を右の如き形式によらしめただけに過ぎない。即ち本件土地はもと原告の先代神崎甚八の所有であつたが、大正十二年二月二十八日同人の死亡により原告が家督相続をしてその所有権を取得し、その後昭和三年二月一日、当時原告の素行が悪く財産を喪失する虞れがあつたので、これを保全するため親族会議の議決によつて、原告の叔父神崎甚十郎に売買を仮装して登記簿上の所有名義を移転した。然るに原告の素行も治り、その財産を保全する必要もなくなつたので、本件土地の所有名義を再び原告に移転すべきであつたのを、そのまま放置していたところ、堂崎村農業委員会では、本件土地が宅地であることを知悉していながら、たゞ登記簿上畑となつているところから自創法による買収、売渡の形式を仮装して、その所有名義を原告に移転する趣旨の下に買収計画を樹立し、これに基いて被告が本件売渡処分をしたのである。それは原告が、堂崎村農業委員会長宛の申告に、本件土地を公簿面畑現況宅地と明記して申告しているのをそのまゝ受理して買収計画を樹立し、更に右計画に基いて本件売渡処分がなされたこと、及び当時買収の対象となり得ない土地についてもその所有権移転手続を自創法による買収、売渡という形式によらしめたものが多く、堂崎村農業委員会ではこれ等の土地を「名義変更の分」として一括し、他の土地とは別個に審議して買収計画を樹立していることによつて明らかである。従つて、本件売渡処分は、形式的には自創法第十六条による処分ではあるが、実質的には、全くこれと無関係なものであつて、本件土地を農地と誤認し、原告を小作農と誤認してなされた処分ではないから、被告が右の如き誤認があることを理由としてこれを取消したのはこの点において違法たるを免れないものである。
(二) 仮りに叙上の主張が認められないとしても、次の理由により本件売渡処分はこれを取消し得ないものである。
(イ) 先ず(一)の(ロ)で述べた如く被告が本件土地を農地と誤認し、従つてその賃借権者と主張する原告を小作農と誤認して本件売渡処分をしたものとしても、当時堂崎村農業委員会では、買収の対象となり得ない土地の所有権移転手続をも自創法による買収売渡の形式を仮装することとし、本件土地を含む二十町歩余の土地を、名義変更の分として一括し、他の土地と区別して買収計画を樹立し、これに基いて本件売渡処分がなされたのであるから、本件土地が買収の対象となり得ない土地であり、また原告が売渡を受ける資格のないものであることは、容易に知り得た筈であつて、この点を誤認したとすれば、それは被告の重大な過失であつたといわざるを得ない。従つて民法第九十五条但書の規定により、被告自らその無効を主張し得ないことは当然であり、被告が本件売渡処分を無効としこれを宣言する意味において取消処分をしたということは明らかに違法たるを免れない。
(ロ) 次に右(イ)の主張が理由なしとするも本件取消処分は売渡処分が既に取消し得ない状態になつた後になされた違法がある。即ち被告は本件売渡処分がなされてから、約四年七ケ月を経過した後に、その取消をなしたのであるが、自創法による買収、売渡の処分については同法施行令第二十一条の規定によつて、これ等の処分を昭和二十三年十二月三十一日までに完了しなければならないものとすると共に、自創法第四十七条の二では、特別に短期の出訴期間を定め、処分のあつたことを知つた日から一ケ月、また処分のあつたことを知ると否とに関係なく処分日から二ケ月を経過したときは、もはや取消訴訟を提起することができないものとして、その処分が、迅速に確定されることを企図しているのである。従つて一旦買収並びに売渡に関する処分がなされた以上被告が職権により自己のした処分を取消し得るのも右出訴期間内に限られるべきであつて、この期間を経過した後は、その処分が確定しもはや取消すことができないものと解すべきである。
(ハ) 更に右の主張が理由ないとしても、自創法所定の手続を経て売渡処分がなされ、本件土地に対する原告の所有権が確定した以上は、一応その処分は法律上有効と推定され、処分庁たる被告自らもこれに拘束される筋合であるから、後日に至り被告自らその処分を取消すことは、既に確定した原告の所有権を喪失させる結果となり、従つてかゝる場合には、もはやその取消しを許さないものといわねばならない。
叙上のとおり本件取消処分には違法の廉があるから、ここにその取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の主張に対し、本件土地が買収処分のなされた当時登記簿上は畑となつているが現況は既に宅地であつたこと、及び原告が本件土地の買受申込につき自創法施行規則第八条所定の買受申込書を提出しなかつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認すると述べた(立証省略)。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として被告が原告主張の如く、本件土地に対する売渡処分をしたこと、並びにその後右売渡処分を取消し、その通知書が原告主張の日時原告に到達したことは認めるが、右取消が違法であるとの主張はこれを争う。即ち被告が本件売渡処分を取消したのは、
(一) 先ず本件土地については、原告から自創法施行規則第八条所定の買受申込書が堂崎村農業委員会に提出されていない。従つて本件売渡処分は同法第十七条の定める買受申込がないにかかわらず、為された違法があり、法定の手続を欠如する無効の処分であつたからである。
(二) 次に本件土地は登記簿上畑となつているが、現況は既に宅地であり、自創法第三条による買収の対象となり得ない土地であつた。それでこれを同条に該当する小作農地と誤認して為された買収処分は法定の要件を欠くところの無効の処分であり、買収処分にして無効であるとすれば、その売渡処分も亦当然無効たるを免れ得ないことは明である。又観点をかえてこれを見れば、本件売渡処分は、本件土地を小作農地、原告をその小作農と各誤認し、錯誤に基いてなされたものであるから、この意味においても、当然無効の処分といわざるを得なかつたからである。
(三) 仮りに原告主張の如く堂崎村農業委員会が本件土地の現況を宅地と知りながら、自創法による買収、売渡の形式に仮装して、その所有名義を原告に移転する趣旨の下に買収、売渡の計画を樹立したものとしても、かゝる事情は被告の関知しないところであるばかりでなく、仮りにそのとおりであつたとしても、本件売渡処分の無効であることに変りはなく、このことの故にこれを有効ならしめる何らの理由もない。
而して凡そ行政処分に何等かの瑕疵のあることが発見された場合には、当該行政庁自らその違法又は不当を矯正するために法規の明文をまつまでもなく、自発的にその取消をなし得ることは当然であり、たゞ取消によつて私人の既得の権利利益を侵害する虞れがあるときに限り、なおこれを正当化するだけの公益上の必要性があるかという点から、比較権衡の問題を生ずるに過ぎない。しかしながら本件売渡処分には前述の如き重大且明白な瑕疵があるのであるから、それは当然無効であり、別段取消処分を必要とするものではないが、外観上なお行政処分と目されるものが存在し、一応拘束力があるものの如くに思われるから、ここに被告はその無効を宣言する意味においてこれが取消しをなしたものであり、行政処分にして当然無効であるとすれば、これを宣言する意味においてその取消をなしたとしても、前述の如き私人の既得の権利利益の考慮というような観点からする比較権衡の問題を生ずる余地はない。
よつて被告の本件売渡処分の取消しは相当であり、原告主張の如き何ら違法の廉はないから、本訴請求は到底棄却を免れないと述べた(立証省略)。
三、理 由
被告が原告に対し、自創法第十六条の規定に基き、昭和二十三年七月二日別紙目録記載土地の売渡処分をしたこと、及びその後被告が昭和二十八年二月五日附農地売渡処分取消通知書によつて右売渡処分を取消し、右通知書が同年三月四日原告に到達したことはいずれも当事者間に争がない。
よつて右売渡処分取消の当否について審究する。
先ず被告は、本件土地について、原告が自創法施行規則第八条所定の買受申込書を提出して買受の申込をしていないから、自創法第十七条の定める要件を欠き、従つて、原告に対する本件売渡処分は買受申込がないにかかわらずなされた点において当然無効であつたと主張する。そして原告が前記買受申込書を提出しなかつたことは、原告の自ら認めるところであるけれども、弁論の全趣旨に照らして窺い得る如く、当時堂崎村農業委員会においては、買受の申込について手続上の繁雑を避けるため、賃借権を申告させる際に買受希望の有無を確めるという簡略な方法をとり、原告も右の方法に従つて本件土地の買受申込をしたものであり、また右自創法施行規則第八条が、自創法第十七条による買受の申込をするには所要事項を記載した申込書を提出しなければならないと規定しているのは、申込の明確化という行政上の便宜をはかるために過ぎず、同条所定の方式に違背した申込を絶対無効とする趣旨ではないと解されるから前記認定の如き方法による申込も、なお買受の申込であることを妨げないと解するを相当とし、従つて本件売渡処分を目し、当然無効とする被告の主張は理由がない。
次に被告は本件土地は登記簿上畑となつているが、現況は既に宅地であつて、自創法第三条による買収の対象となり得ない土地であつたのであるから、これを同条に該当する小作農地と誤認してなされた買収処分は無効であり、従つてこれに基く本件売渡処分も亦当然無効であつたと主張する。そこで考えて見るのに、本件土地は登記簿上畑となつているが被告が買収処分をした当時から既に明に宅地であつたことは原告の自ら認めているところであり、成立に争なき乙第一号証及び同第二号証によれば堂崎村農業委員会では本件土地を小作地と認めて買収、売渡の計画を樹立したことが明らかであつて、右計画に基き被告が本件売渡処分をしたことは前述の如く当事者間に争のないところである。而して本件土地が明に宅地である以上、自創法第三条による買収の対象となり得ないことは明白なことであるから、従つてその買収処分は無効であり、これを前提とする本件売渡処分も亦、法律上不能なことを内容とする無効処分であつたというべく、被告が本件売渡処分の無効であることを宣言する意味においてその取消をなしたということは洵に相当であつたと認めねばならない。この点について原告は本件売渡処分は被告が本件土地を宅地と知りながらその所有名義を原告に移転するために自創法による買収売渡という形式を仮装したに過ぎず、本件土地を農地、原告を小作農と誤認してなされた処分ではないと主張しているが、仮りにそのとおりであつたとしてもかようなことは本件売渡処分の無効原因たる事由にこそなれ、その売渡処分を有効ならしめる何らの根拠にもならぬ又原告は前述の如き誤認に基いて本件売渡処分がなされたとすれば、その誤認は被告の重大な過失によるものであるから、民法第九十五条但書の規定により、被告自らその無効を主張することは許されないと主張しているが、民法第九十五条但書の規定は私人間の取引安全の保護のために設けられた規定であつて、本件の如き行政処分については適用がないと解すべきのみならず、前記認定の如く、本件土地は、宅地であり、自創法による買収売渡の対象となり得ないものであるから、被告が本件土地を農地と誤認したか否か、それについて重大な過失があつたか否かを論ずるまでもなく、本件売渡処分は法律上不能なことを内容とするものとして無効であるといわねばならない。
次に原告は自創法第四十七条の二に定める出訴期間を経過してなされた本件取消処分は違法であると主張する。しかしながら右規定は被処分者の側から、当該処分の取消変更の訴訟を提起する場合を定めたものと解すべきのみならず、本件売渡処分が当然無効であつたこと前記認定のとおりであるから、右出訴期間にかかわらず何時にても、その無効確認の訴を提起し得るのと同様に、処分庁においても亦、前記規定にかかわらず、何時にても、その無効を宣言する意味において取消処分をなし得ることは、けだし当然といわざるを得ない。
更に原告は、本件売渡処分の取消しにより原告の既に取得した土地所有権が侵害されることになるからこの意味において右取消しは許されないと主張するが、本件売渡処分は、既に述べたように当然無効たるを免れないものであるから、その無効宣言の意味においてこれを取消したとしても原告主張の如き既得権侵害の問題を生ずべき何らの余地がない。
然らば、叙上説明のとおり、本件取消処分には別段原告主張の如き違法の廉はなく、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないことに帰するから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 林善助 入江啓七郎 梨岡輝彦)
(目録省略)